仙台高等裁判所 昭和27年(ネ)11号 判決 1952年4月30日
控訴人 債権者 渡辺ヒデ 外一一名
訴訟代理人 山岸龍
被控訴人 債務者 古川税務署長 津吉伊定
法務総裁指定代理人 加藤隆司
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴人等は本件口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものと看做された控訴状によれば、控訴の趣旨は「原判決を取消す。控訴人被控訴人間の仙台地方裁判所古川支部昭和二十六年(ヨ)第三〇号仮処分命令申請事件につき、昭和二十六年十二月八日同庁のした仮処分決定はこれを認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めるというにある。被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、被控訴代理人において、控訴人等は本件仮処分の本案訴訟として、仙台地方裁判所に特許権実施妨害排除の訴を提起し、目下同庁において審理中である。右本案訴訟は行政処分に対する不服の訴ではなく、通常の民事訴訟として、特許権実施を妨害すべからずとの不作為給付を求める訴である。と陳述したほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
理由
一、先ず職権をもつて被控訴人が本件の当事者たり得るかどうかの点につき案ずるに、控訴人等の本件仮処分命令申請は、古川税務署長の職にある津吉伊定個人を相手とするものではなく、国の行政機関である古川税務署長を相手とするものであることは弁論の全趣旨に徴し明白であるが、国又は公共団体の機関である行政庁は本来私法上の権利義務の主体となり得るものではないから、行政事件訴訟特例法第三条のような特別の規定のない一般民事訴訟については、当事者能力を有しないものといわなければならない。本件仮処分申請は要するに、被控訴人が控訴人等の有する登録番号第一七八一二五号特許実施権に基き製造する滋養食品を酒税法にいう麹であるとの認定のもとに、右製造をもつて酒税法に違反するものとし、これが製造の中止を強請して右特許権の実施を妨害する挙措に出たから、右特許権の実施を妨害する一切の行為の禁止を求めるというのであつて、本件仮処分の本案訴訟が右特許実施権に基く妨害禁止請求訴訟即ち私法上の権利義務関係を対象とする通常の民事訴訟に属するものであるとすれば、被控訴人はかかる本案訴訟については当事者能力をもたず、右本案請求の執行保全のための本件仮処分についても亦同様といわなければならないから、本件仮処分申請は既にこの点において不適法たるを免れない。
二、もし控訴人等の主張する『被控訴人の本件特許権の実施を妨害する挙措』というのは、被控訴人が国の行政機関として、酒税法、国税犯則取締法等の規定に基く取締のためにする行為を指称するに他ならないものであつて、結局本件仮処分の本案訴訟は、国の行政機関である被控訴人に対し、控訴人等の右特許権の実施を妨げる一切の行政上の処分を禁止することを目的とするもので、一種の公法上の権利関係に関する訴訟であるとするも、そして、かかる訴訟については行政事件訴訟特例法第三条を類推適用し、行政庁たる被控訴人が当事者たり得るものとしても、かかる仮処分申請は許さるべきでない。即ち、元来行政庁の違法な処分によつて権利を害せられた者は、その取消変更を求める訴を提起し得ることはいうまでもないが、行政庁に対し、或る行政行為をし(作為)又はしない(不作為)ことを命ずるような訴は許されないものといわなければならない。けだし、若し裁判所が行政庁に対し右のような作為又は不作為を命ずることができるとすれば、裁判所は自ら行政権を行使し、又は行政庁を監督すると同様の結果を生じ三権分立の精神に反することとなるからである。
況や法規に基いて取締の権限を有する行政庁に対し一般的に行政上の処分を禁ずる趣旨の訴を提起することは、到底許されないところであり、かかる本案訴訟を前提とする仮処分の許すべからざることは多言を要しない。このことはあえて行政庁の処分について仮処分に関する民事訴訟法の適用を排除した行政事件訴訟特例法第十条の法意を援くまでもないところというべきである。
以上いずれにしても控訴人等の本件仮処分申請は控訴人等の製造に係る物品が酒税法にいう麹にあたるかどうかの点について判断するまでもなく到底許容し得ないものであつて、これを却下した原判決は結局相当である。本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条。第九十三条に則り主文のとおり判決する。
(裁判長判事 谷本仙一郎 判事 佐々木次雄 判事 石井義彦)